最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)1218号 判決 1997年12月16日
上告人
近森茂平
右訴訟代理人弁護士
徳弘壽男
被上告人
土佐田野町農業協同組合
右代表者代表監事
岸野豊馬
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人徳弘壽男の上告理由について
一 本件は、被上告組合が、本件訴訟の提起当時は理事であった上告人に対し、その任務を怠って被上告組合に損害を生じさせたとして、その賠償を求めるものであるところ、所論にかんがみ、本件訴訟における被上告組合の訴訟行為の適法性について検討する。
1 本件訴訟は、平成四年二月二八日に、被上告組合の監事である岡山清市が被上告組合を代表して提起したものであるが、当時施行されていた農業協同組合法三三条(以下「旧法三三条」という。)は、「組合が理事と契約するときは、監事が、組合を代表する。組合と理事との訴訟についても、また同様とする。」と規定していた。同条後段の趣旨とするところは、組合と理事との間の訴訟について、他の理事に組合を代表させたのでは、組合の利益よりも同僚である訴訟の相手方の理事の利益を優先させ、いわゆるなれ合い訴訟により組合の利益を害するおそれがあるため、これを防止することにあったものと解される(最高裁平成元年(オ)第一〇〇六号同五年三月三〇日第三小法廷判決・民集四七巻四号三四三九頁参照)。右の趣旨に照らすと、監事は、旧法三三条により、単に組合と理事との間の訴訟において訴訟行為を行う権限を有するだけではなく、組合の利益の実現のため、組合を代表して理事に対する訴訟を提起するか否かにつき決定する権限も有していたものと解すべきである。
記録によれば、被上告組合の規約一九条一〇号は、被上告組合が訴訟を提起するに当たっては理事会の決議を要する旨定めているところ、仮に右が監事において被上告組合を代表して理事に対する訴訟を提起する場合にも適用されるものとすると、前記の法の解釈に抵触し、右規約の規定は右の限りで無効といわざるを得なくなるが、このような結果を招くことは、規約の制定に当たり意図されていたものとは考え難い。してみると、被上告組合が理事に対して訴訟を提起する場合は、右規約の規定の適用の対象から除外されていたものと解するのが相当であり、被上告組合の監事である岡山が、当時理事であった上告人に対して本件訴訟を提起するに当たり、事前に理事会の決議を得ていなかったとしても、右は、岡山の右訴訟行為の適法性を左右するものではないものといわなければならない。
2 また、職権により調査するに、平成四年一〇月一五日から施行された同年法律第五六号等による改正後の農業協同組合法は、組合と理事との間の訴訟について商法二七五条ノ四前段を準用し、右訴訟においては監事が組合を代表すべきものとしているが、その趣旨とするところも、旧法三三条後段について既に述べたところと同一と解される。そして、商法二七五条ノ四前段は、会社と取締役との間の訴訟に関し「其ノ訴ニ付テハ」監査役が会社を代表すべきものとしていること、また、いわゆるなれ合い訴訟を防止するとの前記の法の趣旨が容易に潜脱されるのを防ぐべきことを考慮すると、同規定が準用される組合と理事との間の訴訟において、訴訟の係属中に相手方である理事がその地位を失ったとしても、監事は、その後の訴訟行為について、なお組合を代表する権限を有するものと解するのが相当である。
記録によれば、上告人は、本訴が第一審に係属中の平成四年三月一六日、被上告組合の理事を退任し、原審では、当初、代表理事である安岡修身が被上告組合を代表していたが、口頭弁論の終結に先立って、被上告組合の監事である岸野豊馬が、同組合を代表して南正弁護士に対して本件の訴訟行為を委任し、同弁護士は本案について弁論を行っていることが明らかである。既に述べたところによれば、岸野は、右委任当時、被上告組合を適法に代表する権限を有していたものであり、南弁護士はその委任に基づき本案についての弁論を行っているのであるから、原審での審理の当初に安岡を被上告組合の代表者として行われた訴訟行為は、南弁護士の右訴訟行為によって追認されたものというべきである。
二 そうすると、本件訴訟における被上告組合の訴訟行為には、違法とすべき点は認められないものというべきであり、原判決は、右と同旨をいうものとして、是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官元原利文 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官金谷利廣)
上告代理人徳弘壽男の上告理由
第一点 原判決は、農業協同組合の監事は「理事会の決議を要しないで訴提起ができる」ことを実質的に立法したに等しく、結局、「国の唯一の立法機関である」国会の立法権を侵害したものであり、憲法第四一条に違反する。
一、原判決は「平成四年五月二二日法律第五六号による改正前の旧農業協同組合法(以下旧法と略称)三三条には、現行法(三九条、商法二七五条の四)と同様に、組合と理事との訴訟につき監事が組合を代表する旨規定されている」旨を判示する(原判決八頁二〜四行)。
しかし、旧法三三条は「組合が理事と契約するときは、監事が組合を代表する。組合と理事との訴訟についても、また同様」としながら、同四一条は、現行法三九条が「……商法第二七五条ノ四の規定を準用する」と定めた規定は、明文をもって排除している(商法第二七五条ノ四は昭和四九法二一号で追加され、旧法時もすでに存在)。
然るに原判決は旧法四一条が明文をもって排除している商法二七五条ノ四を引用するもので(商法二七八条のような準用規程はない)、明らかに司法の権限を逸脱して立法をするのと等しく、憲法第四一条に違反する。
第二点 原判決の理由の齟齬(民事訴訟法第三九五条第一項第六号)の主張
一、原判決は「旧法四一条で準用する民法第五九条により、監事がその職務を怠ったときは、組合に対し損害賠償の責に任じ、一定の場合には第三者に対しても同様の責に任ずる(旧法四一条、三一条二)」旨を判示する(同八頁五行ないし一一行)。
しかし本件は、監事に対する損害賠償請求事件ではなく、旧理事に対する損害賠償請求事件で、右の判示とするところは理由が不明である。
二、のみならず、旧法四一条が「監事には、民法第五九条の規定を準用する」と定めた同条は、監事の職務権限を明らかにしたものであるところ、同条をもって「法人が訴を提起するかどうかの、法人の意思決定」の権限を監事に与えていると解釈することは到底不可能である。
従って、原判決が「監事が組合を代表して訴を提起するにつき、監事が訴提起の決定権を有すると解する」(同九頁五、六行)のは、民法五九条に定めた以外の権限を、監事に付与するものといわざるをえない。
なぜならば、民法第五九条は法人の監事の職務権限について「財産状況ノ監査」「理事ノ業務執行ノ状況監査」「不整ノ廉アルコトヲ発見シタトキ、総会・主務官庁ヘノ報告」「前号ノ報告ノ為ノ総会招集」を制限列挙したもので、「法人の意思決定」ないしは「法人の業務執行」の権限は、如何なる場合も含まれないからである。
もし監事が監査以外に法人の意思決定ないしは業務執行をなしうるとすれば、監事の職務と理事の職務が混同し、監事制度の自滅である。
したがって、原判決の前記挙示の理由は不明であり、判決の理由に齟齬あるものといわざるをえない(民訴法第三九五条第一項第六号)。
第三点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある(民訴法三二四条の主張)。
一、「旧法三三条は、組合と理事との訴訟については、理事と組合間の利益の衝突を防止するため、監事が組合を代表するのが適当であるとして、監事に組合を代表する権限を付与した」(同九頁二〜四行)旨を判旨する原判決の論旨は首肯できる。しかし、そのことから直ちに「その立法趣旨に照らすと、監事が組合を代表して訴を提起するにつき、『監事が訴え提起の決定権をも有する』と解する」ことは論理の飛躍で、監事職務権限に当然訴提起の決定権限をもつとの判断は、明らかに法令に違背する。この法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
商法二七五条ノ四は「『会社ガ取締役ニ対シ訴ヲ提起スル場合ニ於テ』は、『ソノ訴ニ付テ』は監査役会社を代表す」との二段構成で、
1会社が取締役に対して訴を提起するか否かを決定するもので、監査役が決定するものでないこと
2、「会社が訴提起を決定」した『ソノ訴』については、監査役が会社の代表者となること
を明らかにして、訴提起の意思決定機関と、訴提起決定後の訴訟を誰が代表するかとの区別を明らかにしている。
二、旧法四一条は現行法三九条と相違して商法二七五条ノ四の適用を排除し、二七八条の準用にとどめている。
「組合と理事との訴訟についても同様とする」(旧法三三条)の趣旨は、前項2の権限を明らかにしたもので、そのことが、当然に前項1の権限(訴を提起する意思決定)を監事に与えたものと解することはできない。その結果、理事に対する損害賠償請求訴訟を提起するか否かの決定は、理事会の決議(原判決引用の規約第一九条一〇号)に委ね、かつ、訴を提起するには理事会の決議を必要とする旨を明記した規約に、例外の条項は存在しない。
然るに原判決は「農業協同組合法第二九条に基づく下位の規約で、法律上の監事の権限に大きな制限を加えるのは相当でなく、被上告人の規約一九条一〇号は、監事の提起した本件訴えには適用されない」(同九頁七〜九行)と判示する。
しかし、判決の右論旨は次の重大な誤りがある。
1、被上告人の規約は法第二九条に法源をもち、その適用・効力は農業協同組合員に対しては、法律と同様であり、法律の下位だから適用排除が許されるとする根拠はない。訴を提起するには理事会の決議を必要とすると定めても、そのことが監事の権限をなんら制限するものでないことは明白であり、該手続きを履行しない誤りを看過して、規約が監事の法律上の権限を制限しているなどとは到底言えるものではない。
2、理事は法令、規約等の規定及び総会の決議を遵守し、組合のため忠実にその職務を遂行しなければならないことは、旧法第三一条の二第一項で定められ、旧法四一条は同条項が監事にも準用されることを明らかにしている。
従って、規約の遵守は、理事・監事にとって法律の遵守そのものにほかならない。然るに規約を法律の下位規範として、法律に定めていない恣意的な前提で、規約適用を排除し、規約は不要との独断的判断をすることは法の否定であり、許されるものではない。また、被上告人組合の規約が、監事の法律上の権限に大きな制限を加えた事実もない。
要するに、「『訴の提起』には理事会の決議が必要」とする規約(一九条一〇号)を遵守しない違法性を看過し、違法な訴提起を容認せんとする自家撞着の論理である。
3、規約の設定・変更は「総会の決議」を経なければならない重大事項である(旧法四四条一項二号、同四五条)。従って一監事ないしは小数理事らの共謀による独断専行で、実質的に規約を排除ないしは変更する行為が許されないこともまた明白である。
4、法律又は規約に定めのない権限を監事に付与することは、組合の最高意思決定機関である「総会」以上の権限を監事に付与するもので(民法五九条)、これもまた重大な法令適用誤りである。
こうした重大な法律解釈の誤りによる法令違背が、判決に影響を及ぼすことは極めて明白で、原判決は破棄を免れない。
三、原判決の論理によれば、監事の独断で、組合名でする限りは、総会あるいは理事会の意思決定に反してでも、理事に対する損害賠償請求の訴を恣意的に提起できることが論理的結論とならざるをえない。
一方、既述のように規約の変更は、総会の決議事項で(旧法四四条一項二号)、「訴の提起は理事会の決議を必要とする」規約条項(一九条一〇号)が存在するのにかかわらず、「理事に対する損害賠償請求の訴の提起は、監事の意思で(自由に)決定できる」とすれば、一監事が組合の総会の決議以上の権限を保有することとなり、それはもはや監事に準用される民法五九条の法定権限をはるかに越え、憲法の定める民主主義下の団体法の大原則・団体の自治=総会による意思決定=の決議を無視したもので、判決に影響を及ぼすことが明白な重大な誤りである。
四、以上のように憲法に違反し、あるいは本件と直接関係のない「監事がその職務を怠ったときは組合に対し損害賠償の責に任じ、一定の場合には第三者に対しても同様の責に任ずる」(八頁)との意味不明の論理を展開して「監事が理事の業務執行の状況を監査する重大な権限と責任がある機関であることから……監事が訴え提起の決定権をも有すると解する」(九頁)と判示する。
しかし右判示による監事は、法定された権限である「『財産の状態または業務の執行につき不整の廉あることを発見した』ときは、これを『総会又は主務官庁に報告する』」権限をはるかに逸脱して独特の立法するものである。
前記監事の職務権限に関する規程は強行法規であり、原判決が、民法五九条を引用しながら、同規程の範囲を逸脱した前提のもとになした判断は、明らかに、理由において齟齬(食い違い)があるものといわざるをえない。
五、規約第一九条一〇号の理事会の決議のないまま、本件訴が提起されたことは原判決の認めるところであり、本件は違法な訴である。
よって原判決を破棄し、判決に影響を及ぼすことが明白かつ重大な法令違背がある原判決は、直ちに破棄しで訴却下の判決がなされるべきである。以上、上告の理由を陳述し、上告の趣旨のとおりの御裁判を求める。